労災かどうかを決めるのは、
会社ではありません
仕事で腰を痛めた。体を壊した。「これは労災じゃない」と言われた、あるいは言い出せていない。会社と争ってまで押し通すのか、黙って自分で払うのか——その二択に追い込まれた気持ちになります。いま、どちらかを決める必要はありません。まず、あなたのけがや病気が条文に載っているかを見てください。それから、会社と争わずに進められる部分があります。
3か月でいくら違うのか
先に金額を見てください。「会社ともめたくないから黙っておこう」を3か月続けると、いくら失うのかという話です。
「療養補償給付は、療養の給付とする」
労働者災害補償保険法 第13条第1項(e-Gov法令検索で2026年9月25日に確認)
「療養の給付」=現物給付です。労災なら、治療費の自己負担はありません。3割でもありません。ゼロです。
「休業補償給付は、…賃金を受けない日の第四日目から支給するものとし、その額は、一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額とする」
労働者災害補償保険法 第14条第1項
「その額は、一日につき休業給付基礎日額の百分の二十に相当する額とする」
労働者災害補償保険特別支給金支給規則 第3条第1項(休業特別支給金)
60%と20%は別の制度です。あわせて80%が出ます。「労災は6割しか出ない」と書いてあるページがありますが、特別支給金を申請すれば8割です。
労災・健保・どちらも出ない、の3つを並べる
給付基礎日額10,000円(月給30万円程度)の人が、90日休み、治療費が総額50万円かかった場合の概算です。
| 労災を使う | 健康保険を使う | どちらも使わない | |
|---|---|---|---|
| 治療費 | 0円 | −150,000円(3割) | −500,000円(10割) |
| 休業中の給付 | 休業補償 522,000円 特別支給金 174,000円 | 傷病手当金 580,000円 | 0円 |
| 手元に残る額 | 696,000円 | 430,000円 | −500,000円 |
| 労災との差 | — | 266,000円 | 1,196,000円 |
待期3日を除く87日で計算しています。休業補償は給付基礎日額の60%(法14条1項)、休業特別支給金は20%(特別支給金支給規則3条1項)、傷病手当金は標準報酬日額の3分の2(健康保険法99条2項)。実際の給付基礎日額・標準報酬日額・治療費はあなたの賃金と傷病によって変わります。ここで言いたいのは、放置すると桁が違うということです。
仕事中のけがに、健康保険は使えません
ここが最も誤解されています。「労災にしてくれないなら、健康保険で受診すればいい」——これができません。
「業務災害(労働者災害補償保険法…第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い」
健康保険法 第1条(e-Gov法令検索で2026年9月25日に確認)
健康保険は「業務災害以外」に給付する制度だと、目的の条文に書かれています。業務上のけがで健康保険証を出して受診すると、あとから保険者に返すことになります。→ 健康保険証で受診してしまったとき
つまり、会社が労災にしてくれない状態を放置すると、労災も健保も使えません。上の表の一番右の列です。治療費10割、休業補償ゼロ。会社ともめないために黙っている選択は、3か月で約120万円を自分で払う選択です。
これは労災になるのか
まずここを確かめてください。制度の説明より先に、あなたのけがや病気が条文に載っているかどうかです。
けが(業務上の負傷)は、仕事中に起きたものが対象です。そして病気(業務上の疾病)は、労働基準法施行規則の別表第一の二に、種類が列挙されています。意外なものが名指しで入っています。
条文に名指しで書かれている、代表的なもの
| あなたの状態 | 条文の書き方(労働基準法施行規則 別表第一の二) |
|---|---|
| 重い物を持って腰を痛めた 無理な体勢だった | 三の2「重量物を取り扱う業務、腰部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢により行う業務その他腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛」 |
| パソコン作業で手や首・肩が動かない | 三の4「電子計算機への入力を反復して行う業務その他上肢に過度の負担のかかる業務による後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕又は手指の運動器障害」 |
| 暑い現場で倒れた | 二の8「暑熱な場所における業務による熱中症」 |
| 長時間労働のあと、脳や心臓の病気になった | 八号「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止…」 |
| 職場のことで心が壊れた パワハラ・事故の目撃など | 九号「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」 |
| うるさい現場で耳が聞こえにくい | 二の11「著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患」 |
2026年9月16日に e-Gov法令検索で確認しました。これは一部です。別表第一の二には十一号まであり、化学物質・粉じん・がん原性物質などの分類も置かれています。
「腰痛は持病だから」「自分の姿勢が悪かったから」と諦めている人へ。条文は、不自然な作業姿勢で行う業務による腰痛を、業務上の疾病として名前で挙げています。諦める前に、この行を読んでください。
そして、上の表に自分のものが無かった人へ。別表第一の二の最後には、こう書かれています。
「その他業務に起因することの明らかな疾病」
労働基準法施行規則 別表第一の二 第十一号
列挙にないものを拾う受け皿が、条文に置かれています。「書いていないから対象外」ではありません。業務によって生じたと言える事情があるなら、労働基準監督署に事実をそのまま話してください。
通勤の途中で起きたものは、別の区分(通勤災害)で扱われます。→ 寄り道のあとの通勤 2か所で働いていて、合わせると過重だった場合も別の区分があります。→ かけもちの両方を足して見る
会社と争わずに進められる部分
いちばん怖いのは、手続きではありません。申請したら上司に逆らった扱いをされるのではないか。仕事を外されるのではないか。結局辞めることになるのではないか。——そこが動けない理由です。
だから先に、会社と争わなくてもできることと、会社に頼むことを分けます。
会社に言わずにできること/会社に頼むこと
| やること | 会社との関係 |
|---|---|
| 記録を残す(日時・場所・作業・報告した相手・受診日) | 会社に言う必要なし |
| 労働基準監督署に電話して聞く | 会社の許可は不要。名乗らずに聞くこともできる |
| 病院に労災であることを伝える | 会社を通さずにできる |
| 都道府県労働局の総合労働相談コーナーに相談する | 無料・予約不要。会社に連絡は行かない |
| 請求書の事業主証明を頼む | 会社に頼む。ただし断られても請求書は出せる |
| 請求書を監督署に出す | 出すのは本人。会社の同意は条件ではない |
上の4つは、会社に何も言わずに今日できます。会社と話すかどうかは、そのあとで決めて構いません。
「会社と争う」と決めてから動く必要はありません。先に事実を確保しておけば、あとでどちらを選んでも困りません。逆に、何も残さないまま時間がたつと、選べる手そのものが減ります。
あなたの不注意は、給付を妨げません
労災で申請をためらう人の多くが、口には出さないまま同じことを考えています。無理な体勢で持ち上げた自分が悪い。慣れた作業で気を抜いていた。そう言われたら反論できない。だから、会社に「不注意でしょう」と言われた時点で、引き下がってしまいます。
条文を見てください。給付しないと書かれているのは、次の場合だけです。
「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない」
労働者災害補償保険法 第12条の2の2第1項
「労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じさせ、…ときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる」
労働者災害補償保険法 第12条の2の2第2項
「故意」「故意の犯罪行為」「重大な過失」。この3つです。ふつうの不注意は、ここに入っていません。
労災保険は、あなたに落ち度があったかどうかを問う制度ではありません。業務によって生じたけがや病気であれば給付する、という作りになっています。だから、「自分が悪かったから」は、申請しない理由になりません。
今日動かないと、減っていくもの
待っている間に、静かに減るもの
- 記録:何時ごろ、どの作業で、誰に報告したか。日がたつほど思い出せなくなります
- 社内の資料:勤怠・作業日報・やりとり。退職すると見られなくなります
- 請求できる期間:療養補償給付・休業補償給付は2年、障害補償給付・遺族補償給付は5年で時効(労災保険法第42条)
- 治療費:健康保険で受診し続けると、あとで返還を求められる分が積み上がります
逆に言えば、今日メモを1枚書くだけで、減るのを止められます。会社と話すかどうかを決めるのは、そのあとで構いません。
今日やること。順番はこれです
★全部やらなくていい。1つだけ選ぶなら①です
- ① 記録を残す発生した日時・場所・作業の内容・誰に報告したか・目撃者・受診した日。いま思い出せるうちに、時系列で書き出してください。数か月たつと再現できなくなります。上司に送ったメールやメッセージは、消さずに残してください。
- ② 会社への依頼は、口頭ではなく文字で残す「労災申請に必要な事業主証明をお願いします」とメールかメッセージで送ります。断られた場合も、断られた事実が残ります。
- ③ 労働基準監督署に相談する「会社が労災と認めない」「証明を拒否されている」と、そのまま伝えてください。会社の同意がなくても相談できます。決めるのは監督署です。
- ④ 病院に「労災で受診したい」と伝える健康保険証で受診したままにしないでください。労災に当たる負傷・疾病について、健康保険からは給付されないと条文が定めています(健康保険法第55条第1項)。→ 治療費は誰が払うのか
4つ全部を今日やる必要はありません。いちばん急ぐのは①です。記録は、あとから作れません。
誰が請求し、誰が決めるのか
役割は条文で分かれています
| 立場 | 役割 | 根拠 |
|---|---|---|
| 労働者(本人) | 請求する | 労災保険法第12条の8第2項「その請求に基づいて行う」 |
| 事業主(会社) | 助力する/求められたら証明する | 施行規則第23条第1項・第2項 |
| 労働基準監督署 | 労災に当たるかを判断し、給付を決定する | — |
| 医療機関 | 治療し、必要な証明を書く | — |
2026年9月15日に e-Gov法令検索で確認しました。会社が「労災ではない」と判断する権限を定めた条文はありません。
会社が「労災じゃない」と言ったとしても、それは会社の意見です。判断するのは監督署なので、会社の意見と違う結論になることがあります。
会社にあるのは、拒否権ではなく義務
「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」
労働者災害補償保険法施行規則 第23条第2項
「求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」。断ることを前提にした書き方ではありません。
「保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない」
労働者災害補償保険法施行規則 第23条第1項
事故のため自分で手続ができないときは、手続ができるように助力する義務もあります。会社が代わりに決める立場ではなく、進むように手伝う立場だと条文は書いています。
それでも証明してもらえないときの進め方があります。→ 「労災を使うな」と言われたら
「労災にはできない」と言われて止まっている人へ
会社に否定されたことと、労災に当たらないことは別です。
止まっている間にいちばん失われるのは、記録です。日時・作業内容・報告した相手・目撃者。時間がたつほど思い出せなくなり、あとで請求するときに不利になります。会社とどう話すかを決める前に、先に書き出してください。
そして、治療費と休業中の生活費は、別々の話として同時に動かせます。→ 治療費は誰が払うのか/休んだ分の給料はどうなるか
どこから手をつけるか
いまの状態から選ぶ
| いまの状態 | 先に読むページ |
|---|---|
| 会社が証明してくれない・使うなと言われた | 「労災を使うな」と言われたら |
| 休んでいる間の給料が止まっている | 休んだ分の給料はどうなるか |
| 治療費を立て替えている・健康保険で受診した | 治療費は誰が払うのか |
| 辞めろと言われている・辞めるつもり | 辞めても続きます |
| 通勤の途中で寄り道していた | 寄り道のあとの通勤 |
| かけもちで働いている | かけもちの両方を足して見る |
| 療養が長引いている | 1年6か月で変わること |
上から順に読む必要はありません。いまの状態に近いものを1つだけ開いてください。
自分の場合はどうなるか
上司に「これは労災にしない」と言われた
会社に迷惑がかかると言われて、言い出せない
すでに健康保険証で受診してしまった
辞めることになりそうで、いま申請しても無駄だと思う
通勤中の事故で、相手方の保険会社と話が進んでいる
よくある取りこぼし
会社が認めないと申請できないと思っていた
請求するのは本人です。会社に判断権限を与えた条文はありません。
口頭でお願いして、記録を残していなかった
文字で残してください。断られた事実も記録になります。
健康保険証で受診したままにしていた
労災に当たる場合、健康保険からは給付されません(健保法第55条第1項)。
記録を後回しにした
記憶は薄れます。いま書き出してください。
退職したら終わりだと思っていた
退職によって変更されません(労基法第83条第1項)。
相手方の保険会社と先に示談した
給付が受けられなくなることがあります(労災保険法第12条の4)。
よくある疑問
労働基準監督署に相談すると、会社に知られますか
会社が労災保険に入っていなかったらどうなりますか
アルバイト・パートでも対象ですか
労災を使うと、会社から不利益な扱いを受けませんか
このサイトは、労災の手続きが実際にどう動くのかを、労働者災害補償保険法・同施行規則・労働基準法の条文で確かめて書いています。労災に当たるかどうかを決めるのは、会社ではなく労働基準監督署です。ここでは、条文で決まっていて全国どこでも同じ部分と、本人の側から動かせる部分を書きます。病気やけがの症状・診断・治療には触れません。
確認に使った一次情報
- 労働者災害補償保険法 第7条(業務災害・複数業務要因災害・通勤災害)/第13条(療養補償給付)/第14条(休業補償給付)/第12条の8/第12条の4(第三者行為災害)e-Gov法令検索
- 労働者災害補償保険法施行規則 第23条(事業主の助力等)e-Gov法令検索
- 労働基準法施行規則 別表第一の二(第35条関係・業務上の疾病の範囲)e-Gov法令検索
- 労働基準法 第75条(療養補償)/第76条(休業補償)/第83条(補償を受ける権利)e-Gov法令検索
- 労働者災害補償保険特別支給金支給規則 第3条(休業特別支給金)e-Gov法令検索
- 健康保険法 第1条(目的・業務災害以外)/第55条(他の法令による保険給付との調整)/第99条(傷病手当金)e-Gov法令検索
- 厚生労働省「労災保険の請求は、事業主や医療機関の証明書がなくても受け付けます」厚生労働省
- 公益財団法人 労災保険情報センター「事業主が証明を拒否」労災保険情報センター
- 厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」(各都道府県労働局・労働基準監督署内など378か所/無料・予約不要)厚生労働省
2026年9月16日に e-Gov法令検索と厚生労働省のページで確認しました。労災に当たるかどうかの判断と、給付の決定は労働基準監督署が行います。条文で全国共通なのは、誰が請求するのか、事業主に何の義務があるのかまでです。
会社と話すこと自体が無理なら、間に人を入れられます
労災の請求をするかどうかと、この会社に居続けるかどうかは別の問題です。ただ、会社に逆らえないと感じているせいで請求そのものが止まっているなら、そこは自分ひとりで抱える必要がありません。退職まで考えているなら、未払い分の請求も含めて無料で相談できます。いま決める必要はありません。
- いま動かなくて構いません。どんな選択肢があるかを見るだけで終われます
- 在職中でも使えます。会社に知られる仕組みではありません
- 相談は無料。対応できる範囲を聞いてから、頼むかどうかを決められます
労災ガイドの記事一覧
一次情報の確認先
このページに書いたことは、以下の公的機関の公表情報で確かめています。制度は変わることがあるので、確かめた日を各所に書き、確認先も置いています。